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福岡家庭裁判所久留米支部 平成2年(家)173号 審判

第173号事件及び第174号事件申立人、第132号事件相手方

木村久夫 外3名

第173号事件及び第174号事件相手方、第132号事件申立人

木村信夫

主文

1  信夫の寄与分を3000万円と定める。

2  秀次及びはる子の遺産を次のとおり分割する。

(1)  別紙遺産目録1記載の出資持分800口、○○製薬株式会社の株式1000株、電話加入権を信夫の取得とする。

(2)  同目録1記載の預金全部、債券、○○電力株式会社の株式690株、現金25万9265円、同目録2記載の債券を久夫の取得とする。

(3)  同目録1記載の○○重工株式会社の株式1000株、現金77万6731円、同目録2記載の株式会社○○製作所の株式1000株を直子の取得とする。

(4)  同目録1記載の○○○工業株式会社の株式1050株、○○電力株式会社の株式303株、現金24万0732円を宏子の取得とする。

(5)  同目録1記載の○○製鐵株式会社の株式4000株、現金70万5331円を正一郎の取得とする。

(6)  同目録1記載の土地建物及び同目録2記載の土地を久夫、直子、宏子、正一郎、信夫の共有(共有持分は、久夫、直子、宏子、正一郎が各13分の2、信夫が13分の5)とする。

3  信夫は、久夫、直子、宏子、正一郎の各自に対し金76万円を、本審判確定の日から6か月以内に支払え。

4  本件手続費用は、それぞれ支出した当事者の負担とする。

理由

一件記録に基づく当裁判所の事実認定及び法律判断は、以下のとおりである。

1  相続の開始、相続人及び法定相続分

(一)  はる子は、昭和61年9月9日死亡し、相続が開始した。

相続人は、子である久夫、直子、宏子、正一郎(以下、この4名を「久夫ら4名」という。)、信夫と夫の秀次であった。

(二)  秀次は、昭和63年4月7日死亡し、相続が開始した。

相続人は、子である久夫ら4名と信夫である。

(三)  法定相続分は、はる子、秀次いずれに関しても、久夫ら4名と信夫が各5分の1である。

2  遺産の範囲及びその評価

秀次の遺産の範囲及びその評価は別紙遺産目録1記載のとおりであり、はる子の遺産の範囲及びその評価は同目録2記載のとおりである(それらが遺産分割の対象であること及びそれらの評価額については当事者間に合意がある。)。

なお、秀次は、昭和63年3月10日現在株式会社○○銀行に対し3715万1256円の金銭債務を負担していたが、金銭債務は相続開始とともに共同相続人が法定相続分に応じて当然にこれを承継すると解するのが相当であるから、遺産分割の対象とならない。

3  寄与分

(一)  以下の事実が認められる。

(1)  信夫は、昭和43年3月高校を卒業し、東京で浪人生活を送っていたが、昭和46年に大学受験を諦め、久留米市○町××番地の××の実家に戻った。このころ両親である秀次及びはる子は、直子と共に同所においてキ厶ラ薬局の名称で薬局を営業していたため、信夫もこれを手伝うようになった。

(2)  昭和51年ころ、宏子とそれまでの会社勤めを辞めた久夫とは、福岡市○区○○×丁目にキムラ薬局○○店を開設して同店の経営に当たり、以後実家の店(以下「本店」という。)は信夫と秀次とで営業した(はる子は、このころからリューマチのため療養するようになった。)。なお、久夫は、昭和53年に○○店から別れ、西鉄○○○駅近くにキムラ薬局駅前店を開設したが、昭和56年に閉店した。

(3)  昭和56年6月信夫は結婚し、妻知子とともに本店の経営に当たり、秀次はこのころ第一線を退いた。昭和58年末ころ本店の店舗が改装された。

(4)  信夫と秀次及び宏子は、本店と○○店とを併せて会社組織にすることにし、昭和60年4月、有限会社キムラ薬局を設立した。同社の資本総額は300万円、出資1口の金額は1万円であり、信夫、秀次、宏子はそれぞれ100口ずつ出資し、秀次が代表取締役、信夫及び宏子がそれぞれ取締役となった。ところが、まもなく宏子が同社から退社することになり、同年8月、同社の○○店における営業が宏子の新たに設立した有限会社キ厶ラ薬品○○店に譲渡され、有限会社キムラ薬局に対する宏子の出資持分100口は信夫が買い取り、宏子は有限会社キムラ薬局から退職金196万9880円の支払を受けた。以来、有限会社キ厶ラ薬局の実質的経営は信夫が行ってきた。

(5)  昭和61年9月9日はる子が死亡した。

(6)  昭和61年10月、有限会社キムラ薬局の店舗は戦後すぐの建築であったため建て直すことになり、同62年2月新店舗兼居宅(別紙遺産目録1記載の建物)が完成した。その新築資金は、昭和61年12月、秀次名義で株式会社○○銀行(当時の○○相互銀行)から元利合計3800万円の融資を受けて捻出した。旧店舗は12~13坪程度だったが、新店舗は約3倍になったうえ駐車場付きで、アメリカのドラッグストア形式となり、売上は更に向上した。

(7)  昭和62年8月ころから秀次は寝たきり状態となった。昭和63年2月5日、有限会社キムラ薬局は出資口数を700口増加して資本総額を1000万円としたが、これは、秀次名義の在庫商品が会社設立とともに同社の資産として扱われ、その代金相当額を秀次からの仮受金として会計処理されていたことから、秀次に増加口数を出資させることで精算処理したものであった。

(二)  以上の認定のとおり、信夫は、昭和46年ころから家業の薬局経営を手伝い、昭和56年からは秀次に代わって経営の中心となり、昭和60年に薬局を会社組織にした後も、店舗を新築するなどして経営規模を拡大した。その間、信夫が無報酬又はこれに近い状態で事業に従事したとはいえないが、それでも、信夫は、薬局経営のみが収入の途であった秀次の遺産の維持又は増加に特別の寄与貢献を相当程度したものと解せられる。その程度は、本件における一切の事情を斟酌し、秀次の相続開始時における遺産の評価額の総額1億2943万6880円から当時の負債3715万1256円を控除した9228万5624円の32パーセント強、金額にして3000万円と認めるのが相当である。

4  具体的相続分の算定

はる子の遺産につき、以下では便宜、相続開始時を秀次の遺産についてのそれと同一とみなし、秀次の遺産と一体化して分割する。

まず、みなし相続財産は、

1億2943万6880円(相続開始時の秀次の遺産の評価額合計)+448万6750円(相続開始時のはる子の遺産の評価額合計)-3000万円(信夫の寄与分) = 1億0392万3630円

となる。したがって、相続開始時における具体的相続分は、

久夫ら4名の各自:1億0392万3630円×1/5 = 2078万4726円

信夫:1億0392万3630円×1/5+3000万円 = 5078万4726円

となる。

次に、分割時の遺産の評価額の合計は、

1億9319万8880円(分割時の秀次の遺産の評価額の合計)+701万3750円(分割時のはる子の遺産の評価額の合計) = 2億0021万2630円

であるから、分割時の相続分は、

久夫ら4名の各自:2億0021万2630円×2078万4726円÷(2078万4726円×4+5078万4726円) = 3107万円(千円以下切捨)

信夫:2億0021万2630円×5078万4726円÷(2078万4726円×4+5078万4726円) = 7592万円(千円以下切捨)

となる。

5  分割の事情

(一)  信夫(現在42歳)は、別紙遺産目録1の建物に家族と共に居住して、有限会社キムラ薬局の代表者として稼動しており、引き続き同所に居住して同社の経営を続けることを強く希望している。

(二)  久夫(現在56歳)は、福岡市博多区に妻と娘2人と共に居住し、会社勤め(「○○○○」)をしている。直子(現在54歳)は福岡市早良区に一人住まいをし会社動め(「○○○○○○○○」)をしている。宏子(現在50歳)は福岡市早良区に夫と共に居住し、有限会社キムラ薬品○○店を経営している。正一郎(現在46歳)は福岡県糟屋郡○○町に居住し、事業(「○○○○○○○○○○」)を営んでいる。

(三)  調停の経緯

(1)  久夫ら4名は、当庁家庭裁判所調査官に対し、有限会社キムラ薬局の経営権を自分たちが取得し、宏子を同社の代表者にしたい旨述べたが、次に認定するとおり、金銭を受け取ることで不動産及び有限会社キムラ薬局に対する出資持分を信夫に取得させる旨合意しかけていた。

(2)  すなわち、平成元年12月21日の調停期日において、久夫ら4名の代理人弁護士○○○○から、信夫が不動産と○○製薬株式会社の株券を取得し、久夫ら4名がその余の遺産(現金、預金、債権、株券)及び信夫からの代償金7000万円弱の合計8000万円取得する案が提案され、平成2年1月25日の調停期日において、信夫においてもその案をほぼ了承する運びとなったが、祖先の供養のことで久夫ら4名と信夫がもめ、結局、久夫ら4名は、それまでの代理人を解任して現在の代理人弁護士を新たに選任し、同年4月19日の調停期日において、有限会社キムラ薬局の経営権を取得することを主張して、前記分割案を白紙撤回した。

(3)  その後、再び、当事者間で次の要旨の分割案が浮上した。

〈1〉 信夫は、別紙遺産目録1記載の土地建物、○○製薬の株券、キムラ薬局の出資持分、電話加入権、同目録2記載の土地を取得する。

〈2〉 久夫は、別紙遺産目録1記載の現金のうち30万9738円、預金全部、債権、○○電力の株券、同目録2記載の債権を取得する(取得額合計271万7309円)。

〈3〉 直子は、別紙遺産目録1記載の現金のうち68万2107円、○○重工の株券、同目録2記載の○○製作所の株券を取得する(取得額合計257万5107円)。

〈4〉 宏子は、別紙遺産目録1記載の現金のうち26万4107円、○○○及び○○電力の各株券を取得する(取得額合計269万0107円)。

〈5〉 正一郎は、別紙遺産目録1記載の現金のうち72万6107円、○○○製鐵の株券を取得する(取得額合計269万0107円)。

〈6〉 信夫は、〈1〉の遺産取得の代償として、久夫ら4名各自に対し金2800万円の支払義務があることを認め、2800万円のうち2000万円を久夫ら4名から不動産の所有権移転登記手続に必要な書類の交付を受けるのと引換に支払い、残りの800万円を毎月10万円ずつ分割払いする。

〈7〉 信夫は、〈1〉の遺産取得の代償として、秀次名義の負債一切を支払う。

(4)  当事者双方は、この分割案に沿って解決する意向を示し、平成3年7月2日、同年9月20日、同年10月24日、同年12月3日と調停期日を重ねたが、結局、信夫において代償金の金策がつかず、平成4年3月24日調停不成立となった。信夫は、現在、不動産については共同相続人の共有とし、キムラ薬局の出資持分は全部自己が取得する方法での分割を希望している。

6  当裁判所で定める分割方法

以上の認定事実に照らせば、キムラ薬局の出資持分全部と薬局経営に必要な○○製薬の株式は信夫に取得させるのが相当であり、不動産は、本件の一切の事情を勘案し、久夫ら4名及び信夫の共有とすることにする。不動産をこのように全員の共有とすることは、後日に紛争を残すことになり好ましくないが、本件では不動産を現物分割することはできないし、不動産を単独取得するための代償金を支払う能力がある相続人は見当たらないから、選びうる他の方法としては競売を命じて換価分割することしかない。しかしながら、この方法によるときは、不動産の時価を損なう可能性が強く、その意味で久夫ら4名にとっても必ずしも利益にならないうえ、信夫は直ちに生活の本拠を失い、また、有限会社キムラ薬局の店舗もなくなってその営業継続に深刻な打撃を被る等その結果には忍びがたいものがある。他方、不動産を久夫ら4名と信夫の共有にするとしても、久夫ら4名の持分合計が全持分価格の過半数となるのであれば(後述のとおり、本件においてはそのような持分形態しか選択できない。)、不動産の管理方法は久夫ら4名の意向で決定されることになるし(民法252条)、久夫ら4名において共有状態を解消したければ、共有物分割訴訟の途がある。また、前記のような持分多数決になれば、むしろ信夫に酷な結果になる可能性があるが、信夫においては久夫ら4名との共有を希望している。その他、久夫ら4名と信夫の利害得喪等をあれこと勘案すると、本件においては、不動産を換価する方法ではなく、共有とする方法で分割するのが相当である。

そこで、具体的な分割方法につき前記5の(三)(3)の分割案を参考にし、次のように分割する。

(1)  信夫の取得分

次の遺産を信夫の取得とし、その合計7896万円(千円未満切捨)と信夫の相続分7592万円との差額304万円は、久夫ら4名に対する代償金(1人につき76万円)とする。なお、この代償金の支払については、本審判確定後6か月の余裕を置くのが相当である。

〈1〉  キムラ薬局の出資持分800口(800万円)

〈2〉  ○○製薬の株式1000株(180万円)

〈3〉  電話加入権(5万円)

〈4〉  土地13番36及び13番37の各持分13分の5(5772万1923円)

〈5〉  建物の持分13分の5(1138万9615円)

(2)  久夫の取得分

次の遺産を久夫の取得とする。

〈1〉  預金全部(17万3918円)

〈2〉  債券全部(21万8853円)

〈3〉  ○○電力の株式690株(201万4800円)

〈4〉  土地13番36及び13番37の各持分13分の2(2308万8769円)

〈5〉  建物の持分13分の2(455万5846円)

〈6〉  現金25万9265円

以上合計3031万1451円(代償金76万円を加えると、3107万1451円)

(3)  直子の取得分

次の遺産を直子の取得とする。

〈1〉  ○○重工の株式1000株(74万3000円)

〈2〉  ○○製作所の株式1000株(115万円)

〈3〉  土地13番36及び13番37の各持分13分の2(2308万8769円)

〈4〉  建物の持分13分の2(455万5846円)

〈5〉  現金77万6731円

以上合計3031万4346円(代償金76万円を加えると、3107万4346円)

(4)  宏子の取得分

次の遺産を宏子の取得とする。

〈1〉  ○○○工業の株式1050株(176万円)

〈2〉  ○△電力の株式303株(66万6000円)

〈3〉  土地13番36及び13番37の各持分13分の2(2308万8769円)

〈4〉  建物の持分13分の2(455万5846円)

〈5〉  現金24万0732円以上合計3031万1347円(代償金76万円を加えると、3107万1347円)

(5)  正一郎の取得分

次の遺産を正一郎の取得とする。

〈1〉  ○○○製鐵の株式4000株(196万4000円)

〈2〉  土地13番36及び13番37の各持分13分の2(2308万8769円)

〈3〉  建物の持分13分の2(455万5846円)

〈5〉  現金70万5331円

以上合計3031万3946円(代償金76万円を加えると、3107万3946円)

7  手続費用の負担

本件手続費用は鑑定料(久夫ら4名において32万円、信夫において8万円を負担)を含め、それぞれ支出した当事者に負担させるのが相当である。

よって、主文のとおり審判する。

(家事審判官 政岡克俊)

別紙遺産目録〈省略〉

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